大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(う)491号 判決 1957年4月25日

控訴人 検察官 山本清二郎

被告人 金徳根

検察官 小山田寛直

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

理由

検事山本清二郎の控訴理由は、末尾に添付してある同人作成名義の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであつて、これに対する弁護人堀内宗治の答弁は、末尾添付の同人作成の答弁書記載のとおりである。

原判決が起訴状記載の公訴事実と同一の出入国管理令違反の事実を認定し、被告人を懲役三月に処し、未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入する旨の言渡をしたことはまことに検察官所論のとおりである。

ところで被告人は昭和三一年九月一一日出入国管理令第二四条第三号該当者として、法務省東京入国管理事務所主任審査官発付の外国人退去強制令書の執行を受け、横浜入国管理事務所収容場に収容中、同年一〇月一〇日同収容場より逃走したが、翌一一日入国警備官に収捕されて右収容場に再収容され、該収容のまま起訴せられたものであつて、本件について勾留、留置など訴訟手続上の拘禁を受けた事実なきこと一件記録に徴して明らかである。およそ未決勾留とは被告事件の審理の必要上認められる訴訟手続上の拘禁をいうのであつて、右のごとき出入国管理令第五二条所定の退去強制令書執行のための収容が刑法第二一条にいう未決勾留に該当しないことはいうをまたないところである。すなわち本件においては算入すべき未決勾留はまつたく存在しないのであつて、原判決がその主文第二項において未決勾留日数の一部を原審の定めた本刑に算入する旨を言渡したのは、刑法第二一条の適用を誤つたものといわなければならない。弁護人の、右収容が広い意味において刑事事件に関連するものであつて、刑法第二一条にいう未決勾留に含まれるものと解すべきである旨の所論は独自の見解に過ぎないものであつて採用すべきではなく、右収容についての人権保護の道としては、出入国管理令第五二条第六項の放免または同令第五四条の仮放免の規定の運用による行政措置にまつべきものである。また弁護人の原判決の右法令適用の誤は判決に影響を及ぼすものではないから検察官の控訴趣意は適法な控訴の理由とはならない旨の所論については、なるほど算入すべき未決勾留日数が全然ないのに原判決が原審の未決勾留日数中二〇日を本刑に算入するとした部分は全く実質なき無用の空文であるけれども、右判決の瑕疵は記録を調査して初めて認めうるものであつて、判決自体からはその瑕疵を発見できないものであり、形式的に被告人に不当な利益を与える主文であるばかりでなく、そのまま右判決が確定した場合において、検察官が誤つて判決主文記載とおりの執行指揮に及んで実質的に被告人に不当な利益を与える結果を招来するおそれなしとしない。のみならず刑事司法における法的安全維持のため、判決の形式的な確実性が要請される見地からみても右違法は判決に影響を及ぼすものというべきであるから、弁護人の所論は排斥せらるべく、検察官の論旨は理由があつて、原判決は破棄を免れない。

そこで刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条に則つて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書によつて当裁判所において更に判決をすることとする。

すなわち、原審の確定した原判示事実(本件起訴状記載の公訴事実)を法律に照らすと、被告人の原判示所為は出入国管理令第七二条第一号、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するのでその法定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を懲役三月に処し、原審及び当審の訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項但書によつて被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道)

検察官山本清二郎の控訴趣意

原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の適用に誤があつて破棄を免れないと思料する。

即ち、原判決は起訴状記載の公訴事実と同一の出入国管理令違反の事実を認めた上、被告人を懲役三月に処し且つ刑法第二十一条を適用して未決勾留日数中二十日を右本刑に算入する旨言渡している。刑法第二十一条に所謂未決勾留とは勾留状による拘禁の場合を謂うこと勿論であるが、本件被告人は、昭和三十一年九月十一日出入国管理令第二十四条第三号該当者として東京入国管理事務所主任審査官発付の強制退去令書の執行を受け、横浜入国管理事務所収容場に収容中、同年十月十日同収容場より逃走したが、翌十一日入国警備官に収捕されて右収容場に再収容され、該収容中のまま本件起訴となつたものであること一件記録に徴し明らかである。右の如き収容が、刑法第二十一条に所謂未決勾留に該らないこと勿論であり、結局本件についての身柄区分は所謂在宅事件というの他なく、その他一件記録に徴するも被告人が未決勾留を受けた事実を認めるに足る形跡は存在しない。果して然らば、原審が被告人に対し未決勾留日数中二十日を本刑に算入する旨言渡したのは、刑法第二十一条の解釈を誤り虚無の未決勾留を算入したものというの他なく、右は判決に影響を及ぼすべきこと明らかであるから本件控訴に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例